日本100名城ファイル

50.彦根城(滋賀県)

2026年9月14日

井伊直政の願いを継いで築かれた、国宝の天守

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石田三成の居城を嫌い、新天地に築かれた城

彦根城の始まりは、徳川四天王の一人・井伊直政が、関ヶ原の戦いの戦功として与えられた「佐和山城」を居城としたところから始まります。


しかし佐和山城は、かつての宿敵・石田三成の居城だったこともあり、直政はこれを嫌い、新たな城を別の場所に築くことを望んでいました。

その願いを果たす前に、直政は関ヶ原で受けた傷がもとで亡くなってしまいます。遺志を継いだのは嫡子の直継。1604年、琵琶湖にほど近い金亀山(彦根山)で築城が始まりました。


直継は病弱だったため家督を弟の直孝に譲り、二代目城主となった直孝の代で、彦根城はついに完成します。

徳川の"天下普請"として、周辺の廃城から建材を集めた城

彦根城は、幕府直々に命じられた「天下普請」として築かれました。西国に多い豊臣恩顧の大名を監視する徳川方の拠点として、一刻も早い完成が求められていたのです。

そのため、木材や石材を一から用意するのではなく、周辺で廃城となった城から建材を集めるという、いわば"リサイクル築城"が行われました。


天守は大津城から、天秤櫓は長浜城から、佐和口多聞櫓は佐和山城から、それぞれ移築されたと伝えられています。


大津城は関ヶ原の前哨戦で激しい攻撃を受けながらも落城しなかった"縁起の良い城"とされ、徳川家康がその縁起にあやかって天守を彦根城に移させたという逸話も残っています。

こうした工夫の甲斐もあり、彦根城の天守は着工からわずか3年ほどで完成したとされています。城下町の整備まで含めた全体の完成は1622年、実に20年近い歳月を要した大工事でした。

国宝5城のひとつとして今に残る天守

彦根城の天守は、大津城の天守を移築したとも伝えられ、三重三階の複合式望楼型天守という特徴的な構造を持っています。


1952年には天守・附櫓・多聞櫓が国宝に指定され、姫路城・松本城・犬山城・松江城と並ぶ「国宝5城」のひとつとなりました。

現存天守ならではの見どころのひとつが、当時のままの急な階段です。彦根城の天守内の階段は、ほぼ直角と言っていいほどの急勾配。実際に訪れた際も、お年を召した方が手すりを頼りに、おっかなびっくり登っていく姿を見かけました。


現代の建物ではまずお目にかかれない角度なので、上り下りする際はぜひ足元に気をつけてくださいね。

ひこにゃんの故郷、彦根城

彦根城といえば、ゆるキャラ「ひこにゃん」の故郷としても有名です。

天守からの琵琶湖の眺めも見どころのひとつで、隣接する大名庭園「玄宮園」もあわせて訪れる観光客が多く、四季を通じて美しい景観が楽しめます。

彦根城の情報

【日本100名城】登録番号 50
城名 彦根城
区分け 現存天守(国宝5城のひとつ)
住所 〒522-0061 滋賀県彦根市金亀町1-1
最寄駅 JR彦根駅から徒歩約15分
観拝料 ■彦根城・玄宮園入場券:
大人800円、小中学生200円(※要最新確認)

営業時間:
8:30~17:00(年中無休)
100名城スタンプ設置場所 彦根城表門券売所付近の管理事務所(開国記念館でも可)
日本100名城スタンプ 絵柄
関連サイト 彦根城

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